2/11(木・祝)臨時休業します
*臨時休業のお知らせ
2/11(木・祝)はセール搬入のため臨時休業いたします。
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*にづくりしうりょう
さすがにつかれたのでまたあした
あさってでしゃくほうにじゅうねんだけど
スペシャルズのオフィシャルチャンネルがあるのはしらんかった。
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*外国人と弱者に容赦ない国
"『未知の国ニッポン』 ミャンマー難民 不安" (東京)
http://www.tokyo-np.co.jp/article/world/news/CK2010020702000071.html
日本は今秋、「第三国定住」によるミャンマー難民の受け入れを始める。国際社会から「鎖国」と批判されてきた難民政策は転機を迎えるが、受け入れ対象となるタイ北西部のメラキャンプでは、未知の国「ニッポン」に不安を抱く難民が少なくない。語学研修や就労先確保など定住に向けた課題も山積している。(タイ北西部メラで、林浩樹、写真も)
ミャンマー国境から東に約十キロのメラキャンプ。軍事政権と少数民族カレン人との戦闘が激化した一九八四年に設立され、国境付近にある九カ所のキャンプでは最大の約五万人が生活する。九割以上がカレン人で、母国からの逃亡は今も続く。
「軍事政権に土地拠出か、強制労働かを迫られた」。カレン人のソ・ク・ムーさん(45)=仮名=は約十年前、夫と子ども二人でキャンプに逃げ込んだ。その後、二人を出産し、家族六人が粗末な高床式の住居で暮らす。
キャンプでの生活は貧しく、外部への移動や就労も原則禁止されている。半面、民族や宗教単位の自治が機能し、非政府組織(NGO)などの支援で食糧や医療、高校までの教育は無料で受けられる。中心部の商店街には、日用品や駄菓子があふれている。
ソ・ク・ムーさんの夫はキャンプ近くの工事現場で働き収入を得る。不法だが、キャンプ管理者のタイ当局は見て見ぬふりをしているらしい。「生活に不満はない。けど、未来もない」とソ・ク・ムーさんは言う。
第三国定住は母国帰還のめどが立たず、将来の希望もない「忘れられた難民」の解決策として二〇〇五年ごろから本格開始された。メラでは約一万九千人が米国やカナダなどに出国している。
だが、後発組の日本への移住希望は盛んではない。希望者リストを作成した国連難民高等弁務官事務所関係者は「情報が少なく未知の国への不安がある。それに移住希望が強い難民は既に出国した」と指摘。日本が受け入れを決めた約三十人を集めるのに四苦八苦したという。
国際移住機関によると、世界各地のキャンプでは難民の八~九割が移住を望むのに対し、タイではほぼ半数。「国民性もあるが、キャンプ生活の長期化で現状維持派が多い」。ソ・ク・ムーさんも「もう若くないし、動きたくない。長男がどうしても一緒にと言えば行くけど」と話した。
もっとも、後発組のメリットもある。携帯電話の普及で、難民の間には最大受け入れ国の米国などの情報が瞬時に伝わる。NGOの追跡調査によれば、言葉の壁や社会にとけ込めない例も多く、米国行きに二の足を踏む難民も出ている。先発国の失敗を参考に、定住しやすい研修環境を整えることも可能だ。
ただ、定住先や就職口は現段階では「自治体や市民団体から問い合わせはあるが、白紙の状態」(外務省)。さらに第三国定住による難民は、近年急増するインドシナ難民申請者を飛び越えて入国する。認定条件も「人道的見地が加味される」(法務省)と緩和される見通しで、「二重基準」との批判を招く懸念も残っている。
<第三国定住制度> 国連難民高等弁務官事務所が推進する難民対策の一つ。本国や避難先でない第三国に難民を定住させるため、手厚い支援が必要とされる。日本は2008年、ミャンマー難民を対象にアジア初の導入を決定。今年から3年間を試行期間として家族単位で計90人受け入れる。第一陣は9月に来日し、半年間の語学研修などを経て日本社会での定着を目指す。
これだけ多くのゼノフォビアが存在して、弱者救済を税金のムダ遣いだなんて考える国で「第三国定住」が定着するのは至難だろう。正直なところ、そんな排他的で弱者がスケープゴートにされる国になんざ行きたかないぜ。んでもって、そのような定着の困難さを引き起こしているのは他でもない日本国民様だってことを忘れちゃならない。
*内閣府の死刑キャンペーン
"内閣府世論調査:死刑容認が85.6%で過去最高に"(毎日jp)
http://mainichi.jp/select/today/news/20100207k0000m040037000c.html
相変わらずのバカげた誘導尋問みたいな調査。
「どんな場合でも死刑は廃止すべきだ」に対すべきは
「場合によっては死刑もやむを得ない」などではなく
「どんな場合でも死刑はすべきだ」だろう
そんな恣意性を加味しても、国民が揃いも揃って誰かを殺すことを容認している感覚には反吐が出る。
それはもちろん「死刑」という刑罰が、国家による殺人であり、そのように制度上「人を殺してもよい」と国家が喧伝している限り「殺人防止」などとは欺瞞でしかないということでもある。
>「死刑を廃止すれば被害を受けた人や家族の気持ちがおさまらない」
死刑があることで、「被害を受けた人や家族の気持ち」がおさまっているのだろうか。甚だ疑問だ。
そして刑罰とは「被害を受けた人や家族の気持ち」の為になされるものではない。
>「命をもって償うべきだ」
「命」とは代替可能なものではない。そして「償い」とは生きている限りにしかおこなえない。
>「死刑を廃止すれば凶悪犯罪が増える」
死刑願望により犯罪を犯す者がいる限りこのような理論は筋違いである。そもそも死刑が犯罪抑止の要件であるという考えが誤りだろう。
死刑には反対しているが、応報感や敵討ちを疎外するわけではない。法の力を借りようとすることがあまりにも下品だというだけだ。
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*腹減った(´・ω・`)
ので帰りますね。無駄な残業が間違いなく経済を圧迫しとるんだよ。
The Ditty Bops - Skinny Bones
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*コミュニケーションできることだけが意識の在処を示すわけではない
"植物状態でも意思疎通…認知能力あるかも" (読売)
http://www.yomiuri.co.jp/science/news/20100205-OYT1T00431.htm
【ワシントン=山田哲朗】植物状態と診断された患者の中に、認知能力が残っている人がおり、特殊な装置を使えば周囲と意思疎通ができる可能性があるという研究結果を、英ケンブリッジ大などが3日付の米医学誌に発表した。
意思疎通できないという前提で行われてきた患者に対する医療を考え直す必要がでてくるかもしれない。
同大学の医師らは、頭部の外傷などで、周囲の呼びかけに反応がない「植物状態」と診断された23人を、脳の活動部位を可視化する機能的磁気共鳴画像(fMRI)装置で調べた。
「テニスをしている」「自宅の中を歩いている」などの場面を想像するよう呼びかけたところ、4人で健常者と同じ脳の活動パターンが繰り返し表れた。
研究チームは「将来、患者にどこか痛みがないかfMRIを使って聞くことが可能になる」としている。
植物状態の誤診率はたしか4割強だったと記憶している。fMRIやBMIの技術発展は喜ばしくもあるが、それが本当に必要な患者のために使用されるのだろうかと考えると疑問も多い。コストも問題であるし、すべての患者が使える(それは金銭的にも能力的にもだ)ようになるのかということでも新たな使用可否の差別を生むだろう。
で、問題なのはこの「脳の活動パターン」というヤツである。23人中の4人はこの研究において「認知能力が残っている」と判断されたのだろうが、残りの19人はそのまま放置されたのだろうか、原典をあたっていないので不明だが「認知能力が残って」いない者として、回復の見込みのない者として扱われてやしないだろうか。意識があることと、コミュニケーション能力があることは区別されるべきではないのか。そして、言語を介したコミュニケーションが出来る者だけがスクリーニングされてしまっているのではないだろうか。コミュニケーションが出来ないのだから意識がない、そして予後不良であると結論づけられるほど簡単な話ではないし、もっと多様な意識状態があるんじゃないだろうかと思わずにいられない。
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